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『プットドモイ』販売者、ヴィタリー・ペトロビッチ・シャシュロフ

ロシアには400万人の「透明人間」がいる サンクトペテルブルク『プットドモイ』販売者、 ヴィタリー・ペトロビッチ・シャシュロフとの1日

『プットドモイ』販売者、ヴィタリー・ペトロビッチ・シャシュロフ

 ストリートペーパー販売者の日常を知るため、私はサンクトペテルブルクでヴィタリー・ペトロビッチ・シャシュロフ(67歳)とともに1日を過ごすことにした。
 この地のストリートペーパー『プットドモイ』の仕入れ先で落ち合う。ヴィタリーは、リュックを背負い、手押し車をひいて現れた。私を疑わしげに一瞥。写真を撮ってもよいかと尋ねると、少し恥ずかしげな表情をした。
 ありがたいことに、2?3分で初対面のぎこちなさが消えた。新聞の束を手押し車に載せるのを手伝うと、喜んでくれたようだ。
 路面電車の停留所へ向かう途中、以前は道路掃除人だったと教えてくれた。年齢にかかわらずにできる仕事なので、誇りをもって励んでいたと言う。
 ロシアでは、あらゆる公共サービスを受けるには、居住している場所における登録「プロピスカ(国民登録証)」が必要である。家庭の事情や、書類の紛失など、何らかの理由でこの登録証がない場合、事実上社会から「除外」される。こうした人々は、合法の職を得ることや、無料の医療サービスを受けたり、結婚登録、子どもに教育を受けさせることなどができない。
 現在ロシアには、登録証のない人が約400万人いるといわれている。こうした人々の多くは住む場所がなく、ホームレス状態である。飢餓と寒さ、貧困と孤独に直面しており、周りの人々からは白い目で見られるか、透明人間のように無視される。『プットドモイ』は、経済的命綱を最も必要とする人々を直接応援する、ロシアでは数少ない団体の一つである。
 販売に出かけるヴィタリーを見送る。後で、地下鉄ネフスキー大通り駅で落ち合う約束をする。彼はしばらく私を見つめると、手を差し出して握手を求めてきた。
 駅に到着すると、建物の中央で誇らしげに立つヴィタリーを見つけた。写真撮影をしながらおしゃべりをしていると、入れ替わり立ち替わり客が来ては新聞を買い、去っていく。商売はうまくいっているようだ。
 ヴィタリーによると、一つの駅で長い間販売するのは不可能なのだと言う。警官が見張っており、立ち去るように言うからだ。だから彼は、主要な地下鉄の駅を渡り歩いて、販売を続けている。
 人の流れの中にあっても、ヴィタリーは背が低いにもかかわらずよく目立つ。他の新聞売りと違って、彼は大声をあげての呼び込みはしない。静かに立ち、新聞の包みを自分の胸に押し当て、列車を降りてやってくる客の流れにアイコンタクトを送る。時々頭をゆっくりと動かすが、身体はじっとしたまま。それでも、見る人がふと見直すような何かが、彼にはある。
 食料品の入ったカバンを持った若い女性がヴィタリーに近づいてきて、彼の袖を引っ張って道の脇へと導いた。何か内緒の話をしているようだ。道行く人々には、立派なあごひげのヴィタリーと小柄なロシア人娘の二人は、ギリシャ正教の聖職者と教区民のように見えたことだろう。
 ヴィタリーによると、彼の読者は多種多様だ。「購買層を特定するのは難しい、あらゆる層の人が買ってくれる」そうだ。なるほど、私たちが駅にいた短い間にヴィタリーに近づいた人たちを見ていると、彼の言葉にも頷ける。学生から年配の女性、ヴィタリーによると「めったにない」そうだが、若い専門職の人も買っていく。
 長い一日が終わり、ヴィタリーは売上高に満足気だ。私は彼に礼を言い、残った新聞の1部を買って、別れを告げた。

『プットドモイ』
1冊の値段/30ルーブル(約57円)で、
そのうち15ルーブル(約28・5円)が販売者の収入に。
販売回数/季刊
販売場所/サンクトペテルブルク

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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