今月の人

柏木宏章さん

自分だけじゃなくて、販売者みんなが 自立して幸せになってほしい。 10年間の感謝とともに

柏木宏章さん

 新宿西口の高速バスターミナル前が柏木宏章さん(66歳)の販売場所だ。
 柏木さんはここに、月・水・金は20時から22時まで、その他の日は17時から立つ。ビッグイシューでは珍しい夜の販売だ。
 なぜ、夜なのか? 柏木さんの毎日は、多忙だ。8時から17時まで歩いて7ヵ所の都の公園を回り、公園清掃の仕事をする。その後、電車とバスで移動し、ビッグイシューの販売。さらに帰宅前、自転車置き場でごみ拾いのボランティアをする。
 なぜ、ここまでがんばるのか、聞いてみた。
「私は運よく、路上生活を1年ほどで終えられ、アパートに住めるようになった。支えてくれたみなさんのおかげです。だから、自分にできることでみんなにお返ししたいんです」
 柏木さんは、昭和23年、兵庫県の淡路島で生まれた。生まれた時からお父さんは不在で、中1の頃、お母さんが再婚。新しい家庭には自分の居場所はないと感じ、家には寄りつかないようになってしまう。
「子どもの路上者だよね。いろんなものを拾って、お金に交換する。昔はみんなリヤカー使ってたでしょ。坂道で押してあげて小遣い程度のお金をもらって、なんとか食べてました。母に『お小遣いちょうだい』なんて言ったことないし、言えなかった」
 中学卒業を前に家を離れ、「一つの現場で4、5ヵ月。作ってはまた別へ行く」大工人生が始まる。
 最後の会社には20年ほど勤めた。しかし、自身のけがに加え、バブルの崩壊後には単価が安い仕事しかなくなってしまい、辞めざるを得なかった。その後は仕事を探しながら、「なんとかなるさ」と貯金を切り崩していたが、生まれつき聞こえづらかった耳の症状が悪化し、ついに仕事は見つからなかった。「仕事の車の中からテント村を見て、あそこにだけは行きたくないって思ってた。自分がそうなるとは思ってもいなかった」と言う。
 そして、平成15年10月、自分にこう言い聞かせ、路上に入った。「人様のものには手をつけない。明記のあるものは所有者に届ける」
 戸山公園のあと、新宿中央公園へ移った。そこで、ビッグイシューと出合う。「平成16年の12月23日から始めて、今年はちょうど販売開始10年。節目の年です」
 柏木さんは10年間、この街を通して、日本社会を見てきた。
 日本一の繁華街、新宿の夜。酔っ払いに絡まれることも多い。「こじきが売ってる」と冷やかされても、柏木さんは、決して怒りを露わにしない。「よかったら、どうぞ見てください」と、ビッグイシューを自ら差し出す。
「つい最近も、若い男性に『こんな本いらない』って投げられ、拾おうとしたら、つばき引っかけて逃げていった。もちろん、悔しいですよ。社会から認められていないってことだから。でも、こちらもがんばるしかない。書店で売ってるわけじゃない、路上で売ってるんだから。仲間には、毎日お風呂も入れない人もいる。着ているものがきちんとできない者もいる。だからこそ、それでも足を運んでくださる、路上生活者の支援のために買ってくださるお客さまを尊敬しています」
 そんな心ない酔っ払いや、最近の「オレオレ詐欺」の多さに、心を痛めている柏木さん。今の日本社会には「心と夢」が必要だと感じ、愛用の扇子に自作の詩を書き、出会った人々にメッセージを伝えている。もう一つ、柏木さんの人柄をよく表すのが、販売時のお客さんの呼び込みだ。「北は北海道、南は鹿児島……お隣の韓国ソウル……ノルウェー、世界40ヵ国で販売しておりますビッグイシュー」
 聞いていると、リズミカルで、耳に心地よい。「エールを送る意味で、全国、世界中で売ってる場所を宣伝しながらやっています。自分だけじゃなくて、ビッグイシュー販売者みんなが自立して幸せになってほしい」
 最後に、お客さまへこれだけは伝えたいことがある、と柏木さん。
「この10年間、私を支えてくださった人、そして、現在も支えてくださっている人に心から感謝いたします」

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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