販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

江上敬一さん

がんばる原動力は、お客さんの存在と「せっかくの人生、捨て鉢になりたくない」という思い

江上敬一さん

日本を代表する大都会、新宿。西口・京王百貨店前の雑踏の中、蒸し暑さもものともせず、凜々しく立っているのは、販売者歴約4ヵ月の江上敬一さん(50歳)。今、一番、楽しいことは?と尋ねると、「ビッグイシューの販売!」と満面の笑みで答えてくれた。
江上さんは、長崎半島の西沖に位置する高島に生まれ、幼い頃は毎日のように弟と釣りをしたり、海で遊んでいた。おかげで、「泳いでなさいと言われたら、ずっと泳いでいられる」ほどの水泳の腕前だそう。小学生の時、長崎港に停泊している三菱重工長崎造船所の護衛艦を見て、「いつかあの船に乗ってみたい!」と憧れを抱き、高校卒業後、海上自衛隊の門を叩く。多くの街へ駐在し、外国へも航海するなど、夢が叶い、充実した日々だった。
その後、趣味として好きだったパソコン関係の仕事に惹かれ、ホームページ制作会社へ転職。当時のパソコンは「NECのPC98とか、パソコンとディスプレイのセットで50万円くらい」する高価な物だったが、独学で学び、プログラミングなど技術も磨いた。しかし、不況の煽りを受け、会社が倒産。派遣や期間工として各地を転々としたが、栃木で自動車工場の契約社員をしていた時、「再任用はしない」と言われ、途方に暮れ、その頃から、仕事を失った合間、合間にはホームレス状態になってしまった。
そんな中でも、江上さんはあきらめず、仕事を求め続けた。「せっかくの人生ですから、捨て鉢になるより、何かやった方がいいなって。やってみたいことも沢山あるし、人生楽しみたいなと思って、どうにかして仕事を見つけてきました」
4年前に上京し、飲食店に就職した際には、住み込みで2年間、働いた。が、あまりにも拘束時間が長く、ストレスがたまり、辞めてしまう。次に、路上で誘われたことをきっかけに新宿南口でラーメン屋台の運営に挑戦。常連のお客さんも増え、軌道に乗り出した矢先、親会社が火事になって住み込みのアパートも消失し、辞めざるを得なかった。
またもやホームレス状態になってしまい、新宿中央公園をぶらぶらしていたある日、江上さんは偶然、ビッグイシューのちらしを拾った。そして、「やるしかない」と即決し、その足で事務所まで歩いて行ったのだという。
販売者となり、初めての売り場は市ヶ谷駅前。お客さんが話しかけてくれるのが励みになり、俄然、やる気になった。
文章を読んだり書くことが好きな江上さんは、毎号、本誌に自作の小説を同封している。それは、「50円値上がりしましたし、その分の付加価値をつけたり、お客さんに喜んでもらえるようにしたいんです」との思いから。
仕事のポリシーは、「売れても売れなくても、毎日、7時半から17時までは絶対、立つ」こと。「一日の売り上げ目標を達成したからもう帰りたいな、と思うこともありますよ。でも、決まった時間働く、それが仕事じゃないですか。やることはぴしっとやってから帰りたい」。その原動力も、やはり、お客さんの存在だという。「顔を覚えられたいし、この時間に行けばあの人が絶対あそこにいる、ビッグイシューが買えるって思うでしょう。早く常連さんがついて、世間話ができるようになりたい」
仕事が終わった後は、歩いて事務所まで行き、明日の販売分を仕入れ、夕食を買ってからいつものネットカフェで眠りにつくという毎日。最近始めたTwitter上で、販売者仲間を見つけたり、いろいろな人とつながる時間が楽しいんだとか。アカウントは「shinkichi447」。「リツイート大歓迎です」。
そして、今、江上さんが行ってみたい場所は、東北。「東京から南はほとんど行ったので、北を見てみたい。旅が好きなんです」
将来的には、自分の本を出すことも夢の一つだという。「最近は本を買うお金がなくて全然読めないですけど、まずは『路上文学賞』狙っていますから!」と、目標も明確だ。
「早く自立しなければいけないけれど、今は、とにかく精いっぱい、ビッグイシューをがんばりたい」
一本気な海の男、江上さんは、いつも大きな海を胸に抱き、希望を捨てない。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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