販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

和田敏男さん

神様はすばらしいけれど、人間も捨てたもんじゃない

和田敏男さん

和田敏男さんは、ビッグイシューのIDカードと木製の十字架を肌身離さず身につけている。敬虔なキリスト教徒である和田さんにとっては、どちらも、「神様とのつながり」を確かめる大事な品だ。東京・銀座の数寄屋橋交差点に立つ61歳の和田さんが、ビッグイシューと出会ったのは2003年の冬。東京で活動が始まって間もない頃、上野チームの創設に関わったのだが、当時の立場は、キリスト教会の支援担当者というものだった。

話は、前年の夏、和田さんがこの教会に転がり込んだことに遡る。「2000年2月に勤めていた会社をクビになったんです。リストラというより、自分とは関係ない社内のごだごたに巻き込まれたという感じでした」「1週間、何もできない状態が続きました。いわゆる燃え尽き症候群です。職探しをする気も起こらなくて、毎日近くの図書館に通っていました」

13年間勤めていた業界大手の信用調査会社では、アルバイトに近い待遇で働いていた。その後、4年ほど請負で企業調査に携わった後、内勤で審査の仕事にまわった。請負のときは、月収100万円以上になったが、内勤になったとたん、20万円にダウン。しかし、やり甲斐はあった。「詐欺目的の会社を見抜くのが得意でした。相手も詐欺師だから事務所に来た調査員を騙すのはお手のもの。でも、あがってきたデータの特定の項目をチェックするとおかしいとわかるんです。自分がユーザーの被害を防いでいると思うと楽しかったですよ」

熱心に貯金をしていたわけではなく、3~4カ月で金が底をついた。早晩アパートも出なければならないだろう。そんなことを考えながら、近くの公園のベンチでぼーっとしていた。隣りのベンチでは、毎日、ホームレスとわかる男性が熱心に本を読んでいた。
人見知りするたちだが、「本好きですか? うちの本を持っていきませんか?」と自分から声をかけた。男性は、「ぜひください」と応じ、こんなやりとりが続いた。「あなた、お金あるんですか?」「ないですよ」「どうして食べているんですか?」「コンビニで出たものや炊き出しで」「……炊き出しって何ですか?」

都内で行われている教会の炊き出しに行ったことがきっかけで、聖書を学びながら奉仕活動をする、衣食住は保障されるが金銭の手当は一切ないという条件の下、教会に身を寄せることになった。当初は、仕事を見つけていつか社会復帰しようと思っていたが、聖書の言葉が疲れていた身体に力を注いでくれるように感じられた。約1年後の01年4月、その教会で洗礼を受け、教会の仕事を手伝うようになる。58歳のときのこと。

炊き出しの準備も今までとは違う、やり甲斐のある仕事だった。ただ一つ、気がかりだったのは、教会に持ち込まれた求人を紹介することだった。「劣悪な条件のものや土木の現場仕事ばかりで、年齢制限もあります。でも、炊き出しにくるのは、高齢だったり、体力が落ちていたり、病気を抱えている人が多い。病気をしていても専門知識がなくても、できる仕事はないでしょうかと、神様に祈っていました。もしもそんな仕事があったら、自分も兄弟たちと一緒に働きたいですって。普通、ないわな、そんな仕事は」と笑う。「でも、あったんですよ」

それが、ビッグイシューだった。神様ありがとうございます、と喜び勇んで、仲間と一緒に販売活動もするようになった。事情でその教会が支援を取りやめた後も、活動を続けていたところ、収入を得ていることをやっかまれて、教会を出て行かざるを得なくなってしまう、という紆余曲折はあるものの、現在は上野地区のリーダー役を務めながら、1日約3000円、月収8万円を売り上げている。場所柄、朝のラッシュがないため、チームの事務処理などを済ませて、平日の11時頃から立つ。

昼間の数寄屋橋交差点は、いろいろな音で溢れかえっている。赤十字が献血を呼びかけ続け、選挙カーに右翼の街宣車、チラシ配りは絶え間なく、宝くじチャンスセンターの行列にテレビの街頭インタビュー、号外が配られるのもこの辺り。自分の声はほとんどかき消されてしまうが、昼間も立っているからこそ、夜も売れるのだ。1日の売り上げの3分の2は、献血車が帰る夕方4時半から夜7時までの間のものだという。
人出の多い日曜日は、別の販売員に場所を替わる。「お金は必要最小限あればいい」と和田さんは言う。教会を出ても「神様のために働く」気持ちは変わらない。
ハンドクリームやのど飴を持ってきてくれるなじみのお客さんもでき、「おじさんの笑顔に励まされています」というかわいらしいカードをくれる女性もいる。

20年前、「仏教では許されない罪」を犯した。以来、家族とは断絶しているが、信仰を共有している人からは、平安に満たされている顔をしていると言われるようになった。「ここに立っていて、嫌な思いをしたことはありません。神様はすばらしいけれど、ビッグイシューを売っていると、人間も捨てたもんじゃないな、と思いますよ」

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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