販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

ベオグラード『LiceUlice』誌販売者、ミルコさん

人生を生き抜くために大切なことは、「信じること」 写真家になる日を夢見る20歳、ロマの青年

ベオグラード『LiceUlice』誌販売者、ミルコさん

クネズ・ミハイロヴァ通りで最も楽しそうな笑顔を探せば、それがミルコだ。この20歳の青年は、朝は笑顔とともに起き、一日中笑顔を絶やさない。おそらく夜寝ている間も笑っているに違いない。写真家になる夢を見ながら?。
ミルコの朝はいつも快調だ。出かける準備をすると、若いホームレスのためのドロップイン・センターに向かう。「カカやクルサ、ドラガナなどの先生たちや、友達のエミール・アミール、メティ、エルビラ、リュリエッタらに会えば、たちまち顔がほころぶんだ」。ミルコは彼らのことを、自分を支えてくれる家族と思っている。
ミルコはスロバキアで生まれた。小さい頃は本当に幸せだった。ロマの母親とともに祝った楽しいジュルジェヴダンのお祭りや、父親が歌ってくれたスロバキアのクリスマスを覚えている。「クリスマスイブには、近所の子どもたちと、家々を回って歌を歌うのが好きでした」と語る彼は、当時に戻ったようで、笑顔も後光が射したように輝く。彼の大好きな歌は、「ラジ、ラジ、プラジ、マス、ベルジャ、ペジャジ」で、「もしお金を持っているなら、持っていなければ借りてきて、私におくれ」というもの。実際にはお金ではなく、袋に入ったスイーツを大人からもらうのだ。
母親の死を機に、4年前に父とセルビアに移住したミルコだったが、父と折り合いが悪くなり、家出。路上で物乞いをして暮らしていた。その頃知り合ったのが、『LiceUlice』の販売者でもあるシャディックとその仲間たちだ。
「雑誌販売を始めて半年になります。1時間で30冊売れる時もあれば、1日中街頭にいて10冊しか売れない時もある。時には、30分も話し込んでいくお客さんもいますよ」とミルコは笑う。
セルビア・ベオグラードのストリート・マガジン『LiceUlice』は2010年創刊。販売者のほとんどがロマの人々だ。
スタッフのニコレッタは語る。「ベオグラードでは、ロマの人々への偏見は根強いものがあります。『彼らは、教育も受けず、働く気のない怠け者で、薄汚い。何もせずに物乞いで生きている』と。政府も抜本的にかかわっていこうとしないため、現状は変わらないままでした。ですから、実際に路上で販売者であるロマの人々と“出会う”ことは、彼らも同じ人間で、自分たち同様喜怒哀楽をもって生活しているということを理解するのに、とても大きな役割を果たしているようです」
今では大家族のシャディック家の一員として暮らしているミルコ。ベオグラード郊外にある小さな家で、シャディックの家族はミルコを愛情をもって迎え入れている。シャディックの母は、ミルコが家計の一部を負担することを辞退。だから、時にシャディック家の子どもたちにジュースを買って、公園でみなで一緒に飲む以外は、ミルコは稼いだお金をほとんど貯めている。
彼の大人びたお金の使い方は、実は将来の大きな夢と関係がある。彼には写真を勉強したいという夢があるのだ。
ミルコは、ベオグラードの有名な写真家ゼリコ・サファルと会ったことがある。サファルは、ワークショップ「ストリートの目」を主宰、ミルコはそこで1番の生徒だった。「ミルコはまるで空のハードディスクのように、どんなアドバイスや提案も受け入れて、『写真で自分の身の回りのことを述べよ』という課題を与えられると、最高の作品を提出しました」と、サファルは振り返る。
ミルコは才能のほとばしりを抑えることができず、ワークショップの後も、携帯電話で写真を撮り続けた。撮りためた写真は特別なアルバムに収めていっている。有名な写真家になる日を夢見て?。
人生を生き抜くために大切なことって何だと思いますか?という問いに、「信じること」と答えたミルコ。周りの人にたっぷりの愛情をもらって、人を信じること、自分を、夢を信じることを、少しずつ学び始めている。


『LiceUlice』
1冊の値段/100セルビアディナール(約92円)のうち、50セルビアディナール(約46円)が販売者の収入に。
販売回数/月1回刊。
発行部数/1回につき6千部。
販売場所/べオグラード、アヴィサド

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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