販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

スロベニア『Kralji Ulice』の販売者、アレシュ・チェラコビッチ

お客さんとの会話が楽しみ。 この仕事をやり始めてから、初めて自信をもてるようになった

スロベニア『Kralji Ulice』の販売者、アレシュ・チェラコビッチ

1991年まで、旧ユーゴスラビア連邦に属したスロベニア。だが、首都リュブリャナの街並みに足を踏み入れると、この国が地理的にイタリアやオーストリアに隣接しているという事実を体感する。
この整然とした美しさをもつ街並みの中で販売されているストリート・マガジン『Kralji Ulice』は、04年の凍えるような寒い12月の夜に、大学生の一群が「路上留学」したことが契機となって誕生した。当時街に目立ち始めたホームレスの人たちと、ともに助け合って生きていくことはできないだろうか―そう考えた学生たちが思いついたのは、まずは彼らとともに24時間路上で過ごしてみようというものだった。
驚いたことに、学生たちは路上で歓待を受け、どうやったら暖かく寝られるか、場所や方法を伝授された。そして両者の絆は一夜の関係にとどまらなかった。その約半年後の05年5月には、リュブリャナ初のストリート・マガジンが発行されたのだった。雑誌名『Kralji Ulice』は、「路上の王様」を意味する。『Kralji Ulice』の事務所を訪れると、歴代の「路上の王様」たちが、あなたを迎え入れてくれるはずだ。というのも、『Kralji Ulice』は、創刊号から表紙には販売者さんが登場。裏表紙には、その販売者さんが、親しい人たち―パートナーやボランティア、スタッフ―とともに登場するという決まりになっているからだ。壁一面に並べられたバックナンバーは、何とも壮観だ。
10年12月号の表紙に登場したAle elikovi(アレシュ・チェラコビッチ/38歳)は、雑誌販売を始めてもう3年になる。
少年時代に犯罪に手を染めたアレシュ。14歳の頃から、生きていくために、ドラッグや武器の売買、書類の偽造など、あらゆる悪事に手を出してきた。
「でも26歳の時に気づいたんだよ。僕の人生をこんなことばかりして終わらせてはいけないって」
アレシュは8ヵ月間森にこもった。ドラッグ依存症から抜け出すために。そして、まったく肯定できない自分自身の人生から一時的に逃げ出すために。
隠遁生活を経て街に戻ってきたアレシュが耳にしたのは、ストリート・マガジン『Kralji Ulice』のことだった。事務所を訪れた日以来、日に平均15冊ほどを販売し、お客さんとの会話を楽しみながら仕事をしている。
「僕は、他の人と話をして、お互い考えていることを分かち合うのが好きなんだよ。新しい知人を得て、時には友情まで築く。幸せなことだよね」と語るアレシュは、『Kralji Ulice』に寄稿することもある。
自身が表紙を飾った号では詩を披露。「僕はアートと自然が好きだ。人には、満タンな人と空っぽの人がいるだけさ。キャピタリズムと金融システムが人々を破壊しているけれど、僕は互いに助け合っていきたいよ」と思いを言葉に込めた。
ホームレス状態にある販売者によって書かれた文章は、読者にもとても好評だ。というのも、スロベニアでは、いまだにホームレス状態の人々への偏見が根強く、単に怠け者だから路上生活をしていると考える人が多い。だが、格好をつけることなく正直に今の思いを語る販売者の言葉は、ホームレス状態にある人も自分たちと同じ、悩みながらも人生を生き抜いていこうとする一人の人間であると、読者の人々に自然と訴えかける。
「この仕事をやり始めてから、初めて自信というものをもてるようになったよ」と、アレシュは語る。「だって、チャリティや犯罪ではなく、ちゃんと自分で稼いだお金を手に入れられるんだから。今は月に250ユーロ(約2万4千円)ほど福祉のお金をもらっているんだけど、それと雑誌販売の収入で生活をしているんだ」
実はアレシュは、今年、10年来つきあっている彼女との間に女の子が生まれた。誕生前は、超音波撮影された写真をポケットに入れて持ち歩いては、スタッフに見せ、「ほらここが頭でこれが心臓だよ、わかるだろ」と顔をくしゃくしゃにしていた彼。「今の夢は?」と聞くと、「僕たちの子孫が戦わなくても豊かに生き抜いていける、そんな世の中になってほしい」と答えた。
さらに「人生を生き抜くために必須のものって?」と聞くと、こんな答えが返ってきた。「すべてのものへの愛じゃないかな。僕たちは、自分を、そして他人を疑うべきじゃないよ。そして、互いに優しく接することができたらいいよね。ちょっと答えが、ロマンチックすぎたかな?」

『Kralji Ulice』
1冊の値段 1ユーロ(約96円)で、そのうち0.5ユーロが販売者の収入に。
販売回数 月1回刊。
販売場所 リュブリャナなど、スロベニアの数都市で販売。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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