販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
鈴木政良さん
「がんばる」よりも今は「あきらめない」ことが大事。 「販売」も、「復興」も
鈴木政良さん(56歳)は風光明媚な景勝地として知られる松島のすぐ隣、塩釜市の出身だ。地元の中学校を卒業後、大型トラックやバスを整備する工場に就職。30年ほど勤めてきたが、人間関係のゴタゴタから、会社に足を運ぶ気力すらなくなり、最後は借りていたアパートの部屋に閉じこもっていたという。収入先を失い、家賃滞納が続いて、アパートを出されるのは自然のなりゆきだった。
その後、仙台市郊外のカラオケ店の厚意で店内の掃除などをする代わりに店内の一角で寝泊まりをさせてもらえる生活を2年間ほど過ごす。だが、先の見えない毎日に「ここを出なくては」と思い、気がつくと仙台駅構内で寝泊まりをするようになっていた。元は人間関係の難しさにより失職したことが原因ながら、話す相手さえいなくなると孤独感が募り、精神状態も最低の状態に。「あの時はすべてが真っ暗で、思い出したくもない毎日……」と鈴木さん。
仙台駅で寝泊まりをするようになってしばらく経った頃、歩いて10分ほどの公園で炊き出しが行われていることを人づてに聞く。何事も慎重な鈴木さんだが、空腹は耐え難く、炊き出しに出かけるようになる。そこで出会ったのが、仙台でホームレス支援を続けているNPO団体の人々だった。雑誌の路上販売=ビッグイシューのこともここで知る。「なんぼかお金になればいい」と思い最初の10冊を手にして、以来約3年もの間、販売者を続けている。
現在、午前10時半頃から辺りが暗くなる17時頃まで売り場に立つ。貯金も毎月わずかながらできるようになった。
路上では寒さ、暑さが敵になるが、鈴木さんはとくに寒さには弱い。カラオケ店で寝泊まりするうちにすっかり体質が変わってしまい、気温30度を超える日でも、寒さを感じてしまう体質になったのだと言う。そのためトイレ休憩も多いのでお客さんには不便をかける場合もよくあるようだ。
おなじみのお客さんは約50人。昨年の大震災直後はいつものお客さんと早く無事を確かめたいため、なるべく売り場に立っているようにもした。「常連さんのなかには会社や家が流された方もいた。そんな被災者の方が売り場にやって来て、自分がいつものように立っていることに『元気をもらった』と言っていただいた。複雑な気持ちだが、当たり前のように自分がいるだけで、何かの役に立ったんだと思った」。震災後、まだ顔を見ていない方が1年以上過ぎた今もいることが、何よりの気がかりになっている。
震災前の売り上げと比べると、まだまだ元に戻っていないが、それは自分だけではなく、東北全体、日本全体のこと、と感じている。できれば、もう少し売り上げを伸ばして、暮らしを楽にしたい、貯金を増やしたい、何よりかつて長年やっていた大型トラックの整備の仕事にどういうかたちでもいいので戻りたい、というのが鈴木さんの願いだ。「でも勤務先に通うための足(車)がないし、車の構造も電子部品などがあって、自分が整備していた頃とは様子が違うかも」と心配をする。また、握力が標準的な男性より劣っていることも懸念している。
最近のうれしい出来事は、30代とおぼしき女性が、「イギリスでは買ったことがあるけど、日本では、初めて」と1冊を鈴木さんから購入したこと。光栄だと鈴木さんは感じている。
先行きはまだ不安が占めている。しかし今はあきらめないで、続けることが大事と、自分に言い聞かせているそうだ。仙台だけでなく、全国至るところに「がんばろう」の文字があふれている。たとえ、前に進まなくても路上に立って、今はビッグイシューを手に「あきらめない」ことが、いい明日につながっていくのではないかと信じている。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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