販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

仲間和男さん

今は「感謝」の言葉しかない。 買ってくれる人や事務所が自分を明るく変えてくれたから

仲間和男さん

沖縄生まれの仲間和男さん (58歳)は、もう30年以上も沖縄に帰っていない。それどころか、人と親しく言葉を交わすこともこの30年ほどの間なかったという。「だからビッグイシューを売るようになって『ありがとう』なんて言われると、自分みたいな日陰者がそんなこと言われて本当にいいのかなって思っちゃう」と、照れたような困ったような顔を浮かべる。
仲間さんが故郷をあとにしたのは、40年ほど前。高校を出てすぐに、上京した。住まいは北新宿。近くに親戚なども住んでいたので、不安はなかった。中学・高校とバレー部のキャプテンを務め、みんなを明るく取りまとめてきただけに、仕事もそれなりにうまくやっていけるはずだった。
「何が悪かったのか、今でもわからない」と、遠い目をしながら小さく首を横に振る仲間さん。「もともと人の前に立って、みんなを引っ張っていたのに……。なにか、おかしい、うまくいかないっていうことが続いて」5年ぐらいは踏ん張った。が、うまくいかない仲間さんの様子を周囲が見かね、田舎に帰された。仕事もなく肩身の狭い思いでいるしかない故郷を、仲間さんはすぐに飛び出して東京に戻ってくる。それ以来、故郷には戻っていない。
「それからずっと、土木。本当は、人の前に出てやりたいタイプなのに、前に出てやろうとすると『勝手なことをするな』、黙ってやっていると『協調性がない』と言われて。だんだん誰ともしゃべらずに、黙って仕事をするだけになっちゃって」
仲間さんが、お酒も飲まないし煙草も吸わないのも災いした。
「においがキツイでしょ。お酒もたばこも。あれがちょっとね。できれば避けたいんだ」
人づき合いが減り、会話をしない期間が長くなると、今度は何をきっかけにしゃべればいいのかもわからなくなる。そうやって、仲間さんは人との会話を失った。仕事はきちんとする仲間さんを、それでも使ってくれる現場はあった。合う人もいれば、合わない人もいたけれど、決定的にうまくいかなくなったのは、昨年の春。ほとんど口をきかない仲間さんを嫌っていた人から「一緒に仕事はできない」と言い出され、仲間さんはそれまで何度も現場を紹介してくれた会社から離れて新宿中央公園へ転がり込んだ。
「もういいやって。ウツみたいなところもあったのかな。仕事で使う作業着や靴、道具も全部捨てちゃって。持って歩くのも重たいしね」
炊き出しの場で会ったのが、ビッグイシューのスタッフだった。
「買う人がいるのか、こんな雑誌って思ったね。売っている人を見かけたこともあったけど、買っているのを見たこともなかったし」
それでも「やることもないから、やってみようかな」と、事務所を訪れた仲間さん。長年人と話をしていなかっただけあり、事務所のスタッフにも「ずいぶんとしゃがれた声をしているんですね」と驚かれた。
「10月10日に初めてお金を手に持った時は、うれしかったなあ」と仲間さんは、顔中をほころばせる。
「今では、3日に1度は風呂に入れるし、コインランドリーも使えるし。感謝している。ビッグイシューを売っているだけで、洋服を袋いっぱい持ってきてくれた人もいたよ。驚いたのは、ここに立つのは俺で3代目なんだけど、前の人が折鶴を一緒に渡していたらしくてお客さんに『折鶴ないのね』って言われて」 350枚入りで100円の折り紙を購入し、仲間さんも折鶴をセットすることにした。
「不器用だから、最初は失敗しちゃって。でも、違うお客さんに『折鶴がついてるんですね! ありがとうございます!』なんて言われると恥ずかしくなっちゃう」
今でも毎日朝8時すぎぐらいから、新宿西口の地下道を抜けた三井ビルディング前に立つ仲間さん。日没までの販売の合間には、折鶴づくりにも励んでいる。折紙をする自分にも、人と毎日言葉を交わす自分にも、誰よりも仲間さん自身が一番驚いている。
「ビッグイシューに感謝、としか言えないね。生活もよくなったし、事務所の人にも顔や声が明るくなったって言われるし、自分でも顔つきや考えが変わったのがわかる。前は誰とも口をきかず、横目で人をにらみつけていただけだったからね。今なら仕事もできそうな気がしていて、違う会社に行ってみたい気もあるんだ」
寒さに売り上げが伸び悩むビッグイシューの販売に工夫をこらすか、また気を新たに仕事探しを始めるか。仲間さんは今、新たなチャレンジに直面している。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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