今月の人

浜野英樹さん

ようやく自分の販売スタイルが見えてきた。1冊売れたらもう1冊。 何年後か、アパートに住めるようになりたい

浜野英樹さん

1日平均乗降者数346万人はギネス世界記録に認定されるほど、圧倒的多数が利用する新宿駅。オフィスビルの新宿高層ビル群へ向かう人々が通る西口の京王百貨店前で、毎朝8時過ぎから夕方5時半までビッグイシューを控えめに掲げているのが浜野英樹さん(44歳)だ。販売者になってから2カ月強、浜野さんはようやく自分の販売スタイルが見えてきたと言う。
「ビギナーズラックでしょうか。運がよくて、販売者になって最初の1週間でものすごく売れたんです。1週間で95冊、何もせずに立っているだけで売れた」
ところが、そのままでは売れない日々が訪れる。どうして売れないかを考えたり、売る工夫をしている他の販売者から話を聞いたりする中で、浜野さんは気づく。「自分の場合は、売るには長い時間立っているしかないと思いました。売っているのを見てくれることが大事で、通りすぎる人も『今日買わなくても、今度買ってくれるだろう』と楽な気持ちでいるほうがいい。一日立ってお客さんを待つのは、普通に働いている人と同じです。他の人もやっていることだから自分にもできると思って、今は別段あわてないでいます」
もともと浜野さんは九州・熊本の出身で、6人兄弟の長男として育った。高校卒業後は大学進学を夢見ていたが、家も貧しく進学はあきらめることになる。
「親父がアルコール依存症で、そんな親父の面倒を見るのがイヤだったし、農家の後を継ぐのもイヤでした。親元から遠く離れたい一心で就職して、神奈川の工場で働き始めました。最初は『本社の経理部に』という口約束で入ったのに、研修期間中に会社の事情で工場配属に変わって。プラスチック製品の単純作業で、3年我慢すればいいと思っていたけれども、半年ぐらいで千葉への転勤を命じられて『もういいや』と辞めました」
そこから職を転々とする人生が始まった。セールスの仕事も、陸上自衛隊も体験した。建築現場での日雇いも数多くこなした。
「思い返せば、その頃すでに路上生活もしていましたね」
27歳で就職した愛知のパチンコ店には3~4年勤めたが、アルコール依存症が原因で辞めることになる。「『酒を取るか仕事を取るかどちらかにしなさい』と。当時は『酒飲んで死ねれば本望』と思っていたし、結局辞めてしまいました」
建築現場などを転々とする日々に戻って迎えた35歳のある日、浜野さんは突然の無気力に陥った。
「何もする気がなくなって、半年ぐらいずっと駅で寝ていました。たまに日雇いで働いて、お酒を飲んで。もう完璧に『どうでもいいや』という気分でした」
転機になったのは、声をかけられて訪れたアルコール依存症の治療施設。数年かけて、浜野さんはアルコールと決別する。「精神科医に『アルコール依存症』と診断されて、やっと自分で認められました。ずっと『絶対に親父とは違う』としか思っていなかったから」
42歳で「仕事がしたい」と大阪へ出た浜野さんは、駅前でビッグイシューの販売者を見かける。以前にテレビ番組で見たビッグイシューの取り組みが頭に残っていた浜野さんは「これか」と思ったものの、当時は建築現場で働いていたこともあり、声をかけずに通りすぎる。その後、不況で現場の仕事が減り、仕事を求めて上京して3日目、新宿の路上で寝ていたところをビッグイシューのスタッフに声をかけられて即座に販売者になることを決める。
「やるようになって、『思ったよりキツイ』とは思いました。けど、『ありがとう』とか『身体に気をつけてください』とか声をかけられている中で、考え方が変わりました。誰にも相手にされなかった自分みたいな人間にも、応援してくれる人がいるんだって。今は、毎日毎日、目の前の1冊を売るために立っています。1冊売れたら、もう1冊。また1冊売れたら、もう1冊、と。続けていけばお金も貯まるでしょうし、公園で寝泊まりしている今の状態から少しずつステップアップして、何年か後でもいいからアパートに住めるようになりたい」
控えめに目標を話す浜野さんに将来の夢を尋ねると、少し考えこんでからぽつりとこう答えた。「先のことはわからないけれども、九州に戻れるお金が貯まったら親父の墓参りに行きたいと思います。死んでからもう15年ぐらい経つけれども、一度も行っていないし」

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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