販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

近藤雅哉さん

常連さんは10代~80代。 試行錯誤つづく共同経営店舗も、進化が楽しみ

近藤雅哉さん

「大阪の人は歩くのが本当に速い。ここに立っていると、それを実感しますよ」と話してくれるのは、大阪市営地下鉄梅田駅の御堂筋口南側横断歩道(JR側)で販売をしている近藤雅哉さん(51歳)。信号が変わると同時に急ぎ足の人たちが横断歩道を埋め尽くす、梅田でもとりわけ人の往来が激しい場所。この横断歩道脇で近藤さんは週に6日、本を掲げて立っている。

販売者となったのは08年の春。最初の10ヵ月間は京都・四条河原町が担当場所だった。
「そばにベンチがあって、常連さんがそこに座って私といろんな話をしてくれたんですよ。他愛もない世間話から悩み事まで、いろんなことを話せる人が何人もできて、それがとても大きな励みになっていました。だから、販売場所が大阪へ移ることに最初は躊躇したし、決まった時には後ろ髪を引かれる思いでした。もちろん今も京都の読者の方を忘れることはないですし、大阪に来てから出会った新しい読者の方々からも日々、勇気をいただいています。この仕事をしていてよかったと思うのは、何よりも人とのつながり、コミュニケーションが生まれることですね」

近藤さんは和歌山県の那智勝浦で生まれ、小学生の時に大阪へ。高校卒業後、1年浪人をして志望大学にチャレンジをしたが惜しくも不合格となり、就職することに。複数の会社から内定を得た中で、コピー機の製造メーカーに正社員として入社した。商品管理や製造に携わるなど8年間働いたのち、大手電機メーカーの関連会社へと転職。しかし5年ほど前、景気悪化による業績不振で社内にはリストラの嵐が吹き荒れた。

「肩たたきが始まって、自主退職に追い込まれる人がたくさん出たんですよ。人が減り、一人で二人分の仕事をしなくてはいけないのに、残業は禁止。もう、社内の雰囲気も人間関係もだんだん悪くなっていってね。そうしている内に、いよいよ次は私の番だというのを感じとって……。45歳という年齢もあるし、景気がよくなくて再就職が難しいこともわかっていたんですが、辞めざるを得ませんでした」
 その後、就職活動を続けるも、なかなか採用にまでたどりつかない。「日々食べていかなくてはいけないから」と、ひとまず派遣会社に登録し、10日間や1ヵ月間といった短期の仕事をしながら履歴書を書き続けた。

「派遣の仕事もまず若い人から優先的に声がかかるようで、そのうち私のところにまで回ってこなくなりました。ついに家賃も払えなくなって、これは大変なことになった、何かしないといけないと頭を抱えた時に思い浮かんだのがビッグイシュー。大阪・梅田にあるハローワークに通っていたので、販売者をよく見かけていたんです。とりあえず1冊買って中身を読み、そして事務所に電話をしました」

それから2年半が経ち、近藤さんは10月から大阪・西梅田にオープンした共同経営店舗の第1期のメンバーにもなった。

「1日3時間ずつのローテーションで、4人での共同経営。お金の管理や在庫管理などはとても気を遣いますね。まだまだ試行錯誤の部分は多いのですが、こういった新しい試みがどういうふうに進化していくのかとても楽しみです。人通りの多い場所なので、道を尋ねられることが非常に多くて驚きましたが、それもきっかけになってビッグイシューに関心をもってもらえたらうれしいですね」

ちょっとしたことに喜びを見いだし、一日一日を楽しい気持ちで生きていく。それが近藤さんのモットーだという。
「この不景気の中、300円を出して買ってくださる方々がいて、そのみなさんのおかげで私は生活ができている。そのことに深く感謝しながら、当面はこの仕事をがんばっていきたいと思います」

穏やかな口調から誠実な人柄が伝わってくる。10代から80代の方まで幅広い世代の常連さんと良好な関係を築いている理由がわかったような気がした。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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