販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

長山一郎さん

お客さんにひとことでも声をかけられると一気にパワーが出る

長山一郎さん

残暑厳しい8月下旬、お話を聞かせてくれたのは池袋東口のタカセ前で販売をする長山一郎さん、52歳。長山さんはビッグイシューが東京に進出してきた昨年11月に販売を始め、これまで池袋地区で販売部数の新記録を何度も塗り替えてきたベテランだ。「最近は売上冊数が二桁にならない日もあるんです」昨年の秋から販売が始まったビッグイシュー。
ビル風に凍える冬や売り場のない梅雨をなんとか乗り越えてきたが、今年の猛暑がここまで大きく売上に影響を与えるとは、誰が予想できただろうか。しかしその言葉とは裏腹に、長山さんの表情は穏やかだった。そして「仲間とも話をするんですよ、何とか今月も乗り切らなきゃなぁって」と、気持ちは決して負けてはいない。長山さんが仲間から「おっとう」とか「じい」と呼ばれているのは、この表情と優しい口調、そして芯の強さのせいかもしれない。

長山さんは去年の8月に池袋に来た。愛媛で生まれてから施設で育ち、15歳の集団就職で名古屋へ、洋服問屋の裁断の仕事についた。「その頃、選挙の手伝いに行ってくれって言われて東京に出たんですよ。で、一度は名古屋に戻ったんだけど、芸能界に興味があってね、それで東京で働こうと思って出てきました」と言う長山さん。もしかして俳優になりたかったのですかと尋ねると、「無理、無理、それは無理だって思ってたから」と照れながらあわてて否定した。「それで、遊びみたいなもんだったけど付き人なんかもやったんです」。他にも新聞配達や、焼肉屋でホールマネージャーをしていたこともある。

仕事が途切れてしまったとき、別の用事で立ち寄った区役所で、緊急一時保護センターに行くことを勧められたのだそうだ。その板橋寮で1ヶ月を過ごした後、豊島寮(自立支援センター)に移ることとなる。やっと見つかった就職先。「寮があるはずだったのに、行ってみたら通いじゃないとダメって言われてね。さらに1日2時間ぐらいしか働けないと。求人に載っていた条件はほとんど嘘でしたよ。でも寮は出ちゃったし、それで仕方なく路上ってわけです」
「マンガの本を集めていたときもありましたよ。まぁ集めていたって言っても、駅や何かはテリトリーがありますからね、コンビニとかその辺に落ちているものを、いいとこ20冊ぐらいかなぁ、売ってる人に持っていくんだけど在庫が多いものなんかは取ってくれないんですよ。5~600円ぐらいにしかならなくてね」

そんな長山さんは、仲間の勧めでビッグイシューを知り、すぐに販売を希望した。「とりあえずやってみないと何事もわからないでしょう、だったらやるしかないですもの。接客業もやってきたから、そういう面での不安はなかったですよ」ビッグイシューを売るようになって「おかげさまで贅沢をしなければ普通に食べられるようになったし、好きなタバコも買えるようになったんです」と言う。よいときは日に50冊以上売り上げてきた。

「販売は本当にしんどいと思うこともあるけど、お客さんに「頑張ってくださいね」とひとことでも声をかけられると一気にパワーが出るんです。やりがいのある仕事ですよ」販売していて嫌なことはありますか?という問いに「ないですよ」とあっさり。お金を本の上から落とされるなんて話はよく聞きますけど、と言うと、「それを嫌だと思っていたらダメですよ。汚いものを見るような目で見られることもありますけど、それはしょうがないんだよね。だって事実の部分もあるじゃない」とにかく早く脱出したい!そう言う長山さんにとって、ビッグイシューは自立への第一歩なのだそうだ。
「最低でもコンスタントに25~30冊売らないと。そうじゃなかったらその日の生活はできても、それっきりですからね」と表情は相変わらず穏やかだが、眼差しは強いものだった。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

この記事が掲載されている BIG ISSUE

13 号(2004/09/15発売) SOLD OUT

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