販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
『サプライズ』販売者 ハイニ・ハスラー
てんかんの治療を経て、アスリートに。
スペシャルオリンピックスでメダル獲得も
「アクシデントって、続くみたいですね」。スイスのストリート誌『サプライズ』の販売者ハイニ・ハスラー(62歳)はそう語り始めた。同誌の販売をしながら、馬の世話も引き受けている彼は、最近うっかりはしごから落ちて腕をケガしたという。「傷の手当てに数時間もかかり、5日間入院しました」
その数日後には、一緒に歩いていた親友が脳卒中に見舞われた。だが、振り返れば、人生で最悪の経験は自身が4歳の時に起こったという。「2歳の子どもがトラックにひかれるところを見てしまったんです。このトラウマからは一生立ち直れないでしょうね」
ほぼ同じ時期に、てんかん(※1)を発症した。近年発作は起きていないが、今後起こらないという保証はない。「でも、そういう運命が今の私をかたちづくったと言えるでしょう」とハスラーは語る。
スイス東部グリソン州のドマート・エムスで、7人きょうだいの一人として育ったハスラー。家族は、てんかん治療費の捻出に苦労した。「町の医者がてんかん専門クリニックへの転院を勧めてくれなければ、生きる望みは限りなくゼロに近かったでしょう。1960~70年代、僕の故郷ではそれほど治療法が確立しておらず、障害者への保険もとても限られたものでした。でもこの先生の助言のおかげで、治療費は保険で賄うことができたのです」
7年もの時を経て、16歳でようやく治療を終えることができたという。その後、スイス国内のクールとダボスで行われていた障害者のためのワークショップに参加し、85年からはさまざまな仕事に就いてきた。「婦人服の仕立て、車産業、配管工から鉄鋼業まで。大工の見習いをしたいと思ったこともありますが、読み書きが苦手でその夢は叶いませんでした。でもその代わりに、多くの仕事について知ることができました」
そして今では、『サプライズ』の販売を続けて17年になる。「(雑誌販売は)友人に何度も勧められたんですが、最初はためらっていました。でも、今ではこの仕事が大好きです」
ハスラーにはアスリートの顔もある。フィギュアスケートの選手として、スペシャルオリンピックス(※2)に2回出場した。「1回目は01年のアラスカ大会ですね。銅メダルを取って、アドルフ・オギ元スイス大統領にも会いましたよ。その4年後には日本で開催された大会で金・銀メダルを取りました」
スイス西部ムルテンで開催された長距離走大会にも参加した。「いくつも水ぶくれができましたがあきらめず、1時間58分で完走したんです。最後にゴールしたので〝うまくいかなかったランナー〟として取材も受けましたが、僕は自分のことをそんなふうには思いませんでした。僕はむしろ、闘士であり、楽観主義者なんです」。
※1
突然意識を失い、反応がなくなったり、けいれんなどの発作が繰り返し起こる慢性的な脳の疾患。
※2 知的障害のある人を対象とした国際競技大会。
Text:Dina Hungerbühler, Surprise/INSP
Photo: Bodara Gmbh
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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